小中学生成長よもやま話――長年塾生やわが子を育て指導してきた立場からーNo.3大学受験、浪人ということ

<エピソードⅠ> 自分の「浪人時代」を振り返って 

 4月、5月になると今でも自分の「浪人」のころを思い出す。千葉の田舎にいて一応の進学校に入り先生方からはいつも「君たちは優秀なんですね」と言われ、確かに同級生は東大2桁台、昔男子校だった名残りか、1クラス55名中女子は10名程度、勿論文系理系にコースが分かれた時点で編成変更、文系は男女半々に。
 3年たって私に培われたのは進学校としての「プライド」だけ。志望していた東京教育大(現筑波大)受験も模試データ的に全く引っかからず情報を知ろうとしない、いわゆる無知な受験生。浪人の憂き目となって思ったこと「まだ1年近くもある」5月から自動車学校に通い運転免許取得、ラ講(旺文社のラジオ講座)だけでは心もとなくなり、9月東京大塚にあった予備校へ成田線、常磐線、山手線を乗り継いで通学。団塊の世代、100人200人教室で横に10人詰めて座る木のベンチ、先生は大学の多分偉い先生、マイクも使わず高い壇上でぼそぼそと。苦手な数学は只々板書を写すのみ。後期の模試結果が壁に貼られても名前などあるはずもなく、人としゃべることもなく、唯一埼玉から来ているという同じく田舎風の女の子とだけ日に二言三言しゃべるのみ。当時受験生(浪人生)は灰色の時代、「狭き門」「受験地獄」と言われ多人数の中で埋もれてしまった浪人時代。
 しかし人生は「皮肉なもの」?受験生と毎年関わるようになって常にさらされる「学歴」ということ、「子育て」に注力後、放送大学受講で短大卒の「準学士」から「学士」、「修士」を4年間で取得。その時の修論(修士論文)が「コミュニケーション能力と受験結果の相関関係」。
 自己体験と修論のためのリサーチでわかったこと、「コミュニケーション能力」とまでは言わないまでも、受験生にとって、コミュニケーションは「情報」を得るうえで必要不可欠であること。コミュニケーションによって自分の「立ち位置」や「狙う大学のレベル」を客観視でき、的確な学習を進めることができる。
 一方で現在はネット上の情報もあるが、他者との触れ合いがない中では、個人だけの世界に陥りやすいことに注意が必要。

<エピソードⅡ> “gap  year(英)

 浪人生として受験勉強をスタートさせている当校入学生に聞いてみた。「浪人していること=浪人生」を英語でなんて言うの?」即座に返ってきた答えが“gap  year” 「ギャップイヤーは高校と大学の間にあって1年間自分の将来のために「やりたいこと」「やりたい活動」をしてよい期間というとてもポジティブな言葉とのこと。聞いた直後は、マイナーな言葉と捉えていた私は「目からうろこ」でした。
 こんなしっかりとした意識を持ち、自分の「受験勉強」に向き合っている彼らは、とても頼もしい存在。

  以上エピソードⅠとⅡを通じていえること、浪人時代は黙々と勉強する反面、適度なコミュニケーションは「情報」という意味で必要不可欠ということ、一方gap  yearの持つ意味の通り自分の将来を切り開くチャンスと捉え、より積極的に受験勉強に対峙し、没頭することもとても大事な視点だ。
記:事務局 福島喜久