文章を書くということ  ~遠回りは面倒だが役に立つ 番外編3/5~

そして、ついにSは暴挙に出たのだった。

その日の日直に頼みこんで毎日学級日誌を埋めるようになったのだ。挙句の果てには「今日の感想」欄に連載小説を書き始めた。もはや学級日誌にかけるSの熱意を止められる者はいない。

驚くことに、着実にSのファンが増えていった。Sの書く小説は、登場人物の女性が描き切れていない欠点はあったが、波乱万丈のストーリーは一部の男子たちの間にマニアックな話題と大爆笑を提供した。

 ところが、そんなSの行動を苦々しく思っている人物がいた。体制側にいる、まさに枠組みだらけの学級日誌を我々に課した教師であった。我々の担任は、たいていの数学教師がそうであるように、予定調和を何よりも重んじており「学級日誌は日直が項目通りに記入する」ことをホームルームで強く要求した。無味乾燥な事務的記録に戻せというのである。

まあそれは仕方がないとしても、担任はあろうことか、Sの文章を批判してしまった。

「君の文章は繰り返しが多くて冗長だ。共通因数を括ったうえで書いてみるといい。そう、まず因数分解するんだ」と。

 それまで下を向いて耐えていたSが、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。そして、顔を真っ赤にして声を震わせて反論した。

「文章は因数分解なんかしてはいけない。文章は展開するものだあああ」

その後、Sは「オレは書きたいことを書きたいように書く」と声高らかに宣言して、まず「裏学級日誌」なるものを発行した。といっても単なる大学ノートで、ようするに、書きたい人が書きたいことを書く、回し読みノートである。表紙には「文章を展開していこう」と堂々とした字で標語が書かれていた。

さらにSは「全国学級日誌中毒者連盟」(略して「全学中」)という団体を結成して「文章を展開する」運動を広げようとした。

 といっても、全学中なんて胡散臭い名前の団体に参加しようとする者は皆無だった。Sの心意気は冷ややかな目で見られていた。全学中の船出は前途多難というよりなかった。次回へ続く・・・
記:英語科主任 佐々木晋