遠回りは面倒だが役に立つ ~英語リスニング編①~

高校生の時だった。春先に暖かい日が何日か続いたあと、ある朝きゅうに冷え込んだ。寒さがぶり返したうえに、雪まで降っていた。しかも、春の雪といえば、はかなく消える「淡雪」や明るい感じがする「牡丹雪」があるが、そんな風流なものではない。「雪の果て」「なごり雪」「別れ雪」と雪を惜しんで詠嘆している場合でもない。「雪が解けて川になって流れていきます」と春の喜びに浸っていたのに、まったく春一番も台無しである。まさに「ひばり殺し」とでも言うべき、季節はずれの大雪だった。
(ところで、上の段落を英訳するのはとても難しそう。俳句の季語にぴったり当てはまる英語の単語はほとんどないので、意味を説明するよりない。たとえば淡雪は「(短い命を象徴するような)春の始めころに降ってすぐに解けてしまう雪」と辞書の定義を訳さないと分かってもらえないだろう。文脈から考えれと、ここでは淡雪を light snowと訳すだけでは不充分である。ちなみにグーグル翻訳では、ぼたん雪とひらがなで入力したら button snow と笑わせてくれました。また、なごり雪は relic snow だそうです。やれやれ、なんだい、それは? 相変わらずとんでもないことをやってくれますね。なごり雪は spring snow だとイルカが言っていました)
 その日、知り合いのアメリカ人が会うなりこう尋ねてきた。
「ウイナーがまた来たと思ったかい?」(Did you think winer came again?)
 私たちにはボブ=ウイナーという共通の友人がいたので、思わず聞き返した。
「ボブのこと? ここに来たの?」(You mean Bob? Did he come here?)
 やれやれ、なんとトンチンカンなやりとり。英会話あるある、である。
トンチンカントンチンカンと続いたあとで、ようやく謎が解けた。なんのことはない、ウイナー(winer)と聞こえたのはウインター(winter)のことだった。「冬がまた来たと思ったかい?」と訊いてきたのだ。
男性の声はただでさえ聞き取りづらいのだから、tの音をもっとはっきり発音してもらいたかった。tの音は私にとって鬼門で、can’t の語尾がはっきり聞き取れなくて「canと言ったのか、それともcannotと言ったのか (Did you say ‘can’ or ‘cannot’?) 」と何度聞き返したことか。もっとも、私は日本語でも正確に聞き取れないことが日常茶飯事である。特に今はマスクを着けているからなおさら声がくぐもって聞きづらい。英語の授業中に「result in ~ の意味は?」と生徒に問うと「ニョロニョロをひきおこす」と答えた(らしい)が、私には「ニョードーをひきおろす」と聞こえて、驚いて「ニョードー?」と叫んでしまった。
とにもかくにも英語の聞き取りには苦労した。というよりも、外国語学習では誰もが同じ苦労をする。最初から聞き取れる人などいないのだ。私もそうだっただけだ。さらに言えば、母語でも最初は苦労する。橋と箸、柿と牡蠣の発音の違いを聞き取れるようになるまでには何年もかかったはずだ。(ところで、せっかく熊と(目の下の)くまが聞き分けられるようになったのに、どうやら二つとも同じ発音らしいと知ってショックを受けた。これからは、くまのプーさんを正確に発音しようと思う)
さてさて、英語のリスニングに頭を悩ませる受験生は多いだろう。共通テストが始まってリスニングの比重が増したからだ。特に北海道はリーディングとリスニングが50%ずつの配点になる大学が多いから、リスニング試験対策をしっかりやっておかなければいけない。
そこで、いくつか学習法のアドバイスをしようと思う。でもその前に、まずは次の二点を覚えておいてほしい。

① 誰でも外国語の聞き取りには苦労する。
② それでも継続して聴いていれば、必ず上達する。

聞き取る力をつけるには時間がかかるけれど、必ず上達すると信じて練習を続けてほしい。そのためには「楽しんで聞く」ことがとても重要になる。
とかくリスニング試験対策の勉強といえば、テスト形式のものだけを聞きがちになるけれど、その手のものは内容がとにかくつまらないので、すぐに飽きてしまう。実は私も英語の授業で「内容が分かっている(放送された文章を読んで意味を確認し終わった)問題を繰り返し聞くとリスニング力がつく」と、つまらない内容を何度も聞くようにと焚きつけてきた。矛盾するようだけれど、実はこれも重要な練習のひとつだ。ただし、これだけだと受験生以外はなかなか続けられない。だから、高校1・2年生、あるいは受験生でも夏前までは、聞いて楽しい内容の英語を選んで聞くのがいちばんいい。
それに、どうせ聞き取り練習を続けるのなら、単に共通テストのリスニング試験のためだけに勉強するのではなく、日常の英語を聞き取れるように練習するほうがやりがいがあるというものだ。目標は大きく、英語でのコミュニケーションのための聞き取り力をつけることを目指そう。
継続は力なり (Practice makes perfect.) と言うけれど、聞き取りの力をつけるにはまさにこれしかない。しかも聞き取れるようになるまでには時間がかかる。近道はなく、遠回りしてでも着実に進むのがいちばんだ。遠回りは面倒だが役に立つ。だからどうせ面倒くさい遠回りをするなら、楽しくやっていこう。外国語の習得には、遠回りを厭わない楽しさを求める好奇心が大切だ。
 ということで、次回から具体的に何をどうすればいいのか書いていこうと思う。それまでは自分が聞き取り練習をするなら、どんな内容のものを使えば楽しんで続けられるか各自で考えてほしい。こればかりは一律ではなく人によって大きく変わるものだ。ぜひ、各自で自分に最適の教材を思い描いてもらいたい。
焦らない、焦らない。遠回りは面倒だが……おっと、また同じことを書きそうになってしまった。では、その代わりに「遠回りは幸せへの近道」と思わせぶりの表現をもって今回の文章を終わっておきます。
記:英語科主任 佐々木晋