疲弊と優先順位
前回選択と集中についてお話しましたが、その次の今回に安直ではありますが、「選択と集中と受験」というテーマでお話させてください。
当然と言えば当然ですが、集中するためには選択―つまりは何かを切り捨てることをしなければなりません。「どれもこれも頑張る」、は結局何も集中できないことを意味し、その先にあるものは疲弊です。大企業・中小企業で言うと社員一人が疲弊したところで替えの社員がいれば問題ありませんが、個人経営だと破綻します。
受験生は自らの身体を個人経営しているわけなので、英数国理社という業務をその一身に負わせている形になります。オーバーワークを繰り返して疲弊するということは、その全部の業務が停止するということになります。そのため、今現在満足に勉強できていない生徒ほど選択と集中を効果的に行う必要があるわけです。授業はどんどん進んでいきますが、それとは別に、例えば二次関数をできるまで何周もするであったり、構文が身についていないなら今やっている文法の例文全てにSVOCをふるなど考えられます。
受験において選択と集中の話をすると、「でも教科を削ることはできないじゃないですか」というのが当然出る意見だと思います。ですが、集中するためにはリソースが必要であり、複数教科・分野を抱えていた場合はそのリソースの使いどころを選択する必要があるということなのです。リソースが大してない状態では複数業務にまたがって作業をしたところで、どれもモノにはなりません。ここでのリソースは能力の他に、体力、また時間も含まれます。では、リソースが足りない状態でも、意中の大学に受かるために業務―教科を削れない場合はどうするのかというと、そこに優先順位をつけなければなりません。
選択と集中は、集中したら利益が得られるものを選択する、というものが原則です。その時点で得られる利益が一番大きいものを最優先してやっていくことになります。例えば、一般的に数学Ⅱができない生徒は数学Ⅲも出来ません。数学の先生に聞くと、例えば「数学Ⅱの微積をやってないと数Ⅲの微積ができない」という単純な話ではなく、指数対数や三角関数も分かった上で、ということもあるそうです。しかし学校・予備校の授業では数学Ⅱと数学Ⅲの授業が平行で入っているので、数Ⅲの時間は生徒によってはただ座っているだけとなることが多いわけです。また、その分の予習復習などがあってもその時間は理解が伴わない空虚な勉強の時間に充てることとなります。その点で、数Ⅲを一時的に端に置いておいて数Ⅱを先にやったとしたら、数Ⅲは二次試験だけの出題であるため、共通試験+二次試験で出題のある数Ⅱよりは利益が小さいことになります。その場合は、いくら必要と言えども、優先順位をつけて数Ⅱに集中するほうがメリットがあると言えます。
英語や国語は比較的分野による制限が緩やかであり、例えば語彙力さえあれば高校一年生でも共通試験を解くことができ、また極端な例で言うと解くだけで点数を取らなくていいなら中学生でもできますので、基本的な知識が備わったら失敗を恐れずどんどん演習すべきでしょう。
この優先順位をつけるという点においては、残念ですが教科全体の内容が見えている人間に一日の長があります。その選択と集中のアドバイザーとして担任がいるのであり、担任は当然の理屈を言うのが仕事です。そして、その理屈に合わない行動―「どれもこれも頑張る」は自身の体力や時間のリソースとよく相談して行ってください。教科戦略自体は常識と論理的思考力、それに一定の情報さえあればできます。大学受験予備校の先生はそのうち一定の情報―試験の傾向や教科特性を知りやすい立場にいるので、そういったところを加味した教科戦略についてはどんどん利用するべきでしょう。
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ただし、選択と集中はあくまで効率化の手段であるため、それによっておこるイノベーションの種類は限られる、というのは前回に書いた通りです。面白いことで、当校の生徒で5教科7科目とっている生徒の共通試験の英語と3教科とっている生徒の英語の点数を見ると、英語にかけられる時間は3教科の生徒が格段に多いにも関わらず、何故か5教科7科目の生徒の方が上がる傾向にあります。
勿論3教科に絞ったほうが使える時間が増えるので、対時間効果を求めた正しい訓練をしていなかったり間延びをしている生徒が多い、ということが理由の大半を占めるでしょうが、教科間の波及効果というものもあって、理科で習ったことが英語に役立つ、国語でつけた能力が数学に役立つということもあります。このことは1年、2年で医学部に受かる生徒が、入学した時点で文系教科が高いという傾向からも、あながち間違いではないでしょう。
5教科7科目の時にカツカツの時間でやっていた感覚で、3教科になってから得られた時間も使っていけばそれこそ、選択と集中による効果は出るでしょう。しかし、対時間効果が少ない―つまり集中できるリソースがそもそも少ない状況で教科を減らしても、意中の大学にいける生徒は見たことがありません。
記:英語科 許士祐之進